2018年2月12日月曜日

中学時代の絵と文化祭演劇

◯中学時代の絵と文化祭演劇
絵よりも画を描きたい!!
絵=感性、想像で描いている印象の言葉。
 画=計算して組み立てる印象の言葉。 
計画、画策、画数、戯画、作画… 他人に向けてどう見せようか計画的に構築するのが画。 その意図が面白いし好き。 だから落書きとか僕は全くしない。 
そこがまさに絵描きとしての限界でもある


◯中三の時の火の用心ポスター発掘!!
ある超絶画力の漫画家さんの一コマを模写して文字を当て込んでます。 
中三にしてはまあまあ?今時もっと上手い中三はたくさんいるでしょう。 
この時少なくともシルエットが重ならないように文字黒と背景赤のコントラストは意図していた。
梯子が大きいのが残念。
ちなみに日頃画を全く描いてませんでした。
でもこの絵は徹夜で多分20時間連続くらい作業して完成した。 
この時から画は確実に好きだったんでしょうね。 
賞には一切引っかからず、自分には才能がないと思いました。



















そういえば中1の時に美術室に風景画を張り出してもらって。 
中2になった頃には下手に見えて描き直して勝手に張り替えたらエラく教頭に怒られたw 
その構図を思い出しながら高3の時に描き直したのがこれで同じ構図で3回描いた。 
他人の評価よりもまずは自己満足は昔からだった。
全然描いたことありませんでした…と言いながら異様な執着心はあったらしい。 
この中3から高3の成長してないっぷり。



















この絵で意識したところは「スーファミのドンキーコング」。
当時、任天堂のゲームが大好きで特に奥手前のレイヤー違いによる陰影差に魅了されしびれていたのでそれを再現したかったのだろう。

中3の時の文化祭には例の教頭が美術担当で審査員だったのでまあ金賞ではなかったがその頃にはある種達観した生意気な目線を持っていたので本当にどうでもよかった。 
その時は文化祭の劇の出し物の監督が楽しくてそっちに興味が向いていた。

背番号というタイトルの簡単に言えば校則の厳しい学校で名前ではなく背番号で呼び合う的な… 
そんな劇でけん玉とか脚本にあって時代遅れすぎだろとか思って全セリフを当時好きだった「うる星メガネ調」に変えて担任に持って行ったら却下された。 
でもそん時は相当楽しかったなあ。

文化祭は大好きでポスターを頼まれもしないのに「切り絵」調に何枚も作っていた。
黒字にカラフルな文字で浮き上がるみたいなポスターを何枚も作ってた。 
アニメ私塾のアイコンはまさにその時の名残。
 遠くから見ても目立つ「二次元のシルエット」のわかりやすさは当時から大分作為的に意識していた。 
絵は描かなかったけど第三者どう見せるかはすごく興味があった。

例えば劇で冒頭は「展覧会の絵」のプロムナードからはじまり、校則厳しい的なシーンはビバルディ四季の夏とか、掃除のシーンはドイツ行進曲集からピックアップしたり。
他の役者の子達はそこまでやる気がないこと重々承知での上でセリフの出来に左右されずに名曲でなんとかしようとか誰得レベルで今思えば自己満のためにやたら色々やってた中3の文化祭。
隠れてゲームボーイをやるシーンでは二台用意して一つは舞台のチケット用、一つは音響用でゲームの起動音を際立たせたりしてた。

あと観客席からは丸見えだけど舞台上のお約束として隠れている表現。
可能な限り観客側に尻を向けるな・・・など。 
セリフの上手下手より大声で聞こえるようにとか全くやる気のない同級生に演技指導をしていて煙たがれてた。

〇子供はクリエイティブ… 
中学以前の自分は大分面白くてクリエイティブだった。
と回顧したけど話を聞くとみんな各々子供時代はクリエイティブ。 
じゃあいつ創造性を失うかといえば受験と就活。 
徹底的に本能的な興味や意欲が潰される。
「子供のように発想し、大人のように実行」…宮崎駿やスティーブ・ジョブズなど成功者の多くに共通するポイント。

舞台の表から見るか裏から見るか…
 中学の頃から作る側の作為を感じてそれが面白くてアニメを見ていた。 
逆に言えば浅い志つまらない作品に対してものディスリも同時にしていた。 
その頃から表から見る側ではなく舞台裏から見る癖がついている。 
それを自分も真似たいっていうのが創造性のスタート



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