2018年2月13日火曜日

専門と全体のバランス

◯専門と全体のバランス
今時ならスペシャリスト(専門)とジェネラリスト(統括)の比較として語られる。
これは絵で言えばディテール(細部)と全体バランス、流れ、おさまりの話にも繋がる。
人に専門分野を教える時は世の中の社会構造や最終ゴールまである程度提示しないと無責任だと思う。 
アニメーターになりましょうと言いつつ、賃金問題を語らないのはおかしい。

朝から晩まで掛け声が聞こえた高校球児達はそのほとんどは社会人野球にすら入れない。 ああいう部活はブラック企業で働くための体力と精神力だけを鍛えてるようにしか見えない。 
本人が楽しければ何の問題もないが、全員そうとはどうにも思えない。
一番若い時のいい時間をと勝手に心配してた。

アニメーターにせよ、部活にせよ先の見えない努力は… 
「我ら特別自爆隊」 
「敵航空母艦ヲ撃滅セリ」
となんか違うんだろうか?と中学くらいから思ってた。 
過疎の中学で絶対人数多い学校に部活勝てないのにやる激励会とか戦時中かと思った。 
アレとアニメ業界で頑張れの感覚が似てる。

あの学校や部活の異常さはド田舎だからであって遅れているからなんだと中学の時に思っていたが… 
大人になって色々経験するとアニメ業界も企業も程度の差こそあれ「盲信」の世界であってそれに反対の意を唱えると一気に非国民扱いされるのはどこでも同じなことに気づいた。

勝ち負けに関係なく楽しむ事を「趣味」という。 
勝ち負けが存在しつつ、勝てばある程度食えることを「芸事のプロ」と僕は考えている。 では部活は?
アニメ業界はどっちか? 
どっちでもなかったらやらないほうがいい。

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