2017年3月23日木曜日

見ないで全部描こうなんて10年早い

1000体デッサンやってみました‼︎ ‥‥
だけど何も見ずには何も描けない‥‥。
それはそうです。
 見て描く行為には慣れましたが見ないで描く行為には慣れてないからです。
 1000体デッサンは言わばインストールみたいなモノでアプリやソフトはそこから使ってみないと慣れない。

見ないで描く行為に徐々に慣れはじめると今まで描いたことないアングルがどんどん描けてそれに驚きます。
1000体のインストールが徐々に活きはじめた瞬間です。
しかし「見ないで描く」にそもそもあまりこだわらないこと。
 わからなかったら即座にみる。
見ないで全部描こうなんて10年早い

多分学校のテストのイメージで見たらカンニングでダメ。
見ないで描ける人が才能があり、視覚記憶力が高い人。

そんな愚かな印象で画を捉えている人は多い。
 むしろ才能ある人とは感度が高い人を言う。
感度が高い=色んな趣きを解して感動出来る。
だから視覚的に記憶出来てるに過ぎない。

形を正確に覚えて正確に転写して面白いか?
何の意味もないモノを何度描いたところで何も残らない。
肉体美を感じながら、その肉体をまるで触るかのようなイメージで1000体描いた人とただなんかやると上手くなるらしいくらいの気持ちで苦行のように1000体描いた人ではその結果歴然だろう。

描く対象そのものをイメージすること、また将来上手くなったあとの自分のイメージ。
両方をリアルにイメージしながら練習しないと其れこそ「練習のための練習」にしかならない。
これはアニメ私塾の課題も同じ。
人はイメージを具現化出来るが逆に言えばイメージしなければ何にもならない。

絵の一番の魅力は妄想を簡単に形に出来ること。
妄想するのもホラ吹きもタダだ。
僕は昔から周りからは出来もしないと笑われるようなこともベラベラと周りに喋り大体実現して言った。
イメージして口にすればそれは言霊となり、自分をある意味で縛り、行動に移さざるを終えなくなる。

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